ヒューマンファクターという言葉の使い方について説明します。
事故の解析の中から生まれたヒューマンファクター工学ですが、言葉の使用については多少の混乱があります。
筆者が調べたところ、二つの使い方があることがわかりました。
一つは、たとえば「その事故には疲労、睡眠不足といったヒューマンファクターが関係していた」というような使い方で、まさに、ファクター=要因、要素、という使い方です。
もう一つは、たとえば、「事故防止にはヒューマンファクターからの知見が必須である」というような使い方です。この使い方では、要素、要因という意味ではなく、ヒューマンファクターを体系的に取り扱う学問、という使い方です。
航空界においては、両者を区別するために、知識体系の場合はHuman Factorsと常に大文字と複数形を用いて表記し、「ヒューマンファクタース(ズ)」と読み、要因としての使い方ではhuman factor (s)と、小文字で表記し、要因が一つの場合は単数、複数の場合は複数形を表すsをつけて、区別して用いています。
筆者は、この使い分けを原子力業界やってみましたが、あまりうまくいきませんでした。日本語では、単数形と複数形の区別の意味がわかりにくく、説明を何度か試みましたが、現場の人にはなかなか分ってもらえませんでした。
そこで、体系付けられた知識の場合は、ヒューマンファクター工学という言葉で表すことにしました。金融工学や都市工学では必ずしもモノを扱っているのではありません。この使い方と同ように、ヒューマンファクターに関する工学という意味で使えば、スッキリすると考えました。
それでは、いったいどのような定義がされているのでしょうか?
筆者の調べたものを紹介します。
(1)大川雅司:人間工学用語辞典、日刊工業新聞社1976年
システムにおける工学的、生理学的、心理学的な人的要因
(2)(財)発電設備技術検査協会、原子力発電信頼性向上調査委員会報告1988年
期待されたシステムの特性からの偏り、あるいは不具合が、システムと人間との関連により生じた場合の人間側の要因
(3)全日空総合安全推進委員会、ヒューマンファクターへのアプローチ1986年
人間、機械、環境系の設計および運用の際に考慮されるべき、人間の特性、能力に関するもの
(4)電中研ヒューマンファクター研究センター、電中研レビュー、No.32、p.9、1995年
ある社会システムが有機的にパフォーマンスを発揮するために必要な要因のうち、人間側に関わる要因(人間の心理・生理・身体・社会的な特性、・人間と他のシステム構成要素の相互作用等)
ここに揚げた定義は、要素としての定義です。大川の定義と全日空の定義は、良い悪いという意味はないニュートラルな意味でのヒューマンファクターの定義です。しかし、発電設備技術検査協会のものは、悪い場合に使うもののようです。
電中研の定義は、PSF(Performance Shaping Factor)と呼ばれるものうち、人間に関するものとほぼ同じといえます。PSFとは、Swain(1983)が提唱している概念で、人間のパフォーマンスに影響を与える要因のことです。
—————————————————–
定義(definition):概念の内容を限定すること。すなわち、ある概念の内包を構成する本質的属性を明らかにし他の概念から区別すること。その概念の属する最も近い類いを挙げ、さらに種差を挙げて同類の他の概念から区別して命題化すること。例えば、「人間は理性的(種差)動物(類概念)である」。広辞苑(第四版)