医療のリスク低減と作業効率の向上の考え方

2021年9月6日月曜日
株式会社NSD主催による、ePower/CLIPユーザー会が開かれ、約90分の講演をしました。
これまでに主張していることを演題に合わせてまとめてみました。

内容
1.まず、医療の現実を理解する
  ① 医療システムの構造的問題
  ② リソース(人、モノ、金)不足
  ③ 標準化、共通化、統合化の遅れ
2.問題解決のための基礎知識
  ① ヒューマンエラーの理解
  ② エラー対策の考え方
3.具体的対策の例
  ① 個人での対策
  ② チームでの対策
4.組織を超えて、協力して取り組む

私の主張は、各医療機関で個別に医療安全に取り組むのではなく、お互いに協力して取り組むべきである、ということです。
また、医療の現実を直視すると、国家レベルで取り組まないと、医療の問題を解決するのは非常に困難であるということです。

主張が過激であるというご批判もあると思います。
十分理解しているつもりです。
医療安全の考え方に、少しでも参考にしていただければ幸いです。

いっしょに「5S活動」に取り組みませんか。

私は一般社団法人「医療安全全国共同行動」の技術支援部会の委員をしています。
――――――――
医療安全全国共同行動“いのちをまもるパートナーズ”とは、「患者さんの安全を守り、患者さんと医療者がともに安心して治療やケアに専念できる医療環境づくりを促進するために、日本の医療を支える全国の医療機関・医療従事者・医療団体が、施設や職種、専門の壁を超えて、力を合わせて、安全目標の実現をめざす、医療界初の共同事業です。医療安全全国共同行動は2008年に発足し、その活動をさらに推進し、継続発展させるため、2013年に「一般社団法人 医療安全全国共同行動」が設立されました。」http://kyodokodo.jp/
――――――――
医療安全全国共同行動では[11の行動目標]を決めて、この行動目標それぞれに、技術支援部会があります。私の担当は「行動目標7 事例要因分析から改善へ」です。
これまでは、事例要因分析の部分で、ヒューマンエラーの関係したヒヤリハット事例の分析のために、ImSAFER分析手法を紹介してきました。このImSAFER分析手法は、エラーがなぜ起こったのかを、人間の行動モデルをベースに分析していくものです。病院の医療安全管理者はもちろん、航空や原子力などの安全に従事している人の利用が増えてきました。
次は、カイゼンへの取り組みです。カイゼンの基礎は、まず、「5S」です。2021年度から、私が代表委員である行動目標7では、各医療機関の5S活動を支援することにしました。すでに多くの病院で5S活動が行われています。これらの病院では、主に安全管理管理担当者が中心になって自助努力で、あるいは、外部の専門のコンサルタントに依頼して、5S活動が行われています。しかし、5Sそのものを知らない医療機関も、まだたくさんあるのが現状です。
私は、各医療機関で、それぞれ独自で5S活動を実行するのは、ゼロから取り掛かるため、効率が悪いと考えています。そこで、図1で示すような体制を作り、各医療機関の5S推進責任者を支援できれば、効率的で低コストの活動が実現出来ると思っています。

図1 5S活動推進体制

現在計画中の5S支援チームの業務内容を図2に示します。

図2 5S支援チームの業務内容

5S活動には、5S推進のための説明資料や実際に活動する時に使用するスケジュール表やチェック表、具体的な物品が必要です。これを各施設の推進者が、自分で勉強して、自分で資料や物品を準備するのは、時間と労力がとてもかかると考えられます。それを5S支援チームが「5S推進ツールキット(図3)」として提供する、という計画です。
支援チームメンバーには、すでに自分の病院で5S活動を経験した人が入っていますので、各病院の5S推進責任者からの質問に答えたり、アドバイスなどもできると思います。
ただし、前提として、医療安全全国共同行動への参加登録(年間登録費用 〈200床以上の病院〉1ヵ年/4万円 (200床未満の病院)1ヵ年/2万円 〈診療所、薬局等〉2ヵ年/1万円1ヵ年は4月~翌年3月、金額は税込)が必要です。

図3 5S推進ツールキット

12.リスクの積み木 ― 少しでも低くすること ―

我々は安全な医療とか、安全な運転とか、安全なフライトなどと使います。では、いったい安全とは何なのでしょうか?安全な状態とはどんな状態なのでしょうか?
結論から言うと、そんなものはありません。安全は存在しないのです。存在するのは危険だけなのです。あるいはリスクだけだと言ってもいいでしょう。安全とは、この危険(リスク)が十分受け入れられるくらい低いレベルのもののことなのです(図1)[1]。ISOでは、「安全とは、受け入れ不可能なリスクのないこと(freedom from unacceptable risk)」と定義しています。したがって、安全な医療とは「受け入れられるくらい低いレベルのリスクを伴った医療」のことであり、安全な運転とは、「危険の程度を十分低くしながらする運転」であり、安全なフライトとは「受け入れられる程度の危険を伴う飛行」ということです。しかも、このリスクは常に変動していて、高くなったり低くなったりしているのです。
「これは安全、これは安全ではない」という分類は不適切であり、同じリスクという一次元の線の上に、高いリスクと低いリスクが存在しているというのが正しいイメージだと考えられます。
こう考えると、我々にできることは、可能な限りこのリスクの高さを下げる努力しかないということです。この図1で言えば、不明確な手順を一つ作って明確にする、類似したものを一つ排除する、わかりにくい表示を改善する、などを重ねてある一定レベルの高さにリスクを押さえ込むことです。
このリスクは油断すると上に成長するのでやっかいです。我々は終わりのないリスク低減への努力をやらねばなりません。このことをReason, J.は、安全戦争と表現しました[2]。安全戦争とは「最後の勝利無き長期のゲリラ戦」のことです。決して勝たず、決して終わらず、敵の発見は困難であり、手を抜くとやられます。そして、リターンマッチはないのです。

図1 リスクの積み木モデル

参考文献
[1] 河野龍太郎編著:ヒューマンエラーを防ぐ技術、日本能率協会マネジメントセンター、2006.
[2] Reason, J.: Managing the Risks of Organizational Accident, Ashgate Publishing Limited, 1997. (塩見弘監訳「組織事故」、日科技連、1999).

目 次

11.状況認識 ー 状況認識を誤ると行動を間違える ―

ちょっと学問的な話を一つ。興味のある人は読んでください。

コックピットの操縦士、病院の医師、原子力発電プラントのオペレータ,管制塔の航空管制官といった人々が、実社会の多様な状況の中で、それぞれの経験や知識を用いて行う意思決定を研究対象として、その理論を構築しようとしているものに、Naturalistic Decision Making(以下、NDMと記す)というものがあります(Zsambok, & Klein, 1996)。NDMでは状況認識Situation Awarenessを重視しており、図1は,Situation Awarenessを扱う意思決定過程のモデルの1つである、Endsley (1995 ; 1996)という研究者によって提案されているNDMモデルを示しています。
このモデルでは、意思決定過程が,Situation Awareness(状況認識)、Decision(意思決定)、Performance of Action(行動)の3つの段階によって構成され、再びその結果がフィードバックされる様子を示しています

図1 NDMモデル

このモデルを用いると、Situation Awareness(状況認識)をDecision(意思決定)からから分離することにより、例えば、いくら熟練度の高い専門家であっても、状況認識を誤ると不適切な意思決定を行うという事実を、簡単に説明することができます。
Endsleyは、さらにSituation Awarenessの内部プロセスとして、図2に示すように、3段階の詳細なモデルを提案しています(Endsley, 2000 ; Endsley & Hoffman, 2002)。これによると、Situation Awarenessの過程では、(1)現在の周囲の状況から認識するべき対象を認識し、(2)作業の目的などに照らしてその状況を理解し、(3)その近い将来の状況を予測する、という3段階のプロセスがあると説明しています。

図2 意思決定過程におけるEndsleyのSituation Awarenessモデル

このモデルの特徴は、状況認識が3段階あり、特に、レベル3のprojection of future statusを取り入れていることにあります。すなわち、将来予測という時間軸をモデルに取り入れたことがこれまでのモデルにはない部分です。制御とは予測と言ってもよいと思います。プロセスシステムに限らず、あらゆるシステムで予測は重要な役割を果たしています。例えば、航空管制官は5分後、10分後の航空機の相対位置関係を予測しながら航空機を誘導しているのです(河野, 2001)。
この予測のプロセスをさらに詳細に検討すると、人間はメンタルイメージとそれを利用したメンタルシミュレーションを行い、予測を行っていることが分かります。Endsleyのモデルでは単にレベル1からレベル2に、そして、レベル3の一つの方向に処理が流れているように見えますが、詳細に検討すると、将来への予測から直ちに意思決定に行っているのではなく、将来への予測は、図3のように、シミュレーションの結果を入力として検討し、その検討結果からさらに次の結果を予想していることが分かります。すなわち、頭の中にあるメンタルシミュレータのパラメータを変化させながら、結果を検討し、その検討結果で意思決定をしているのです。

図3 メンタルシミュレーションによるフィードバック

制御にメンタルシミュレーションは極めて重要です。精度のよいメンタルシミュレータを保持している管制官や運転員はその予測確度が高いことになります。もちろん、これは医療者にも当てはまります。医師は患者に問診したり検査結果を見て自分の頭の中に患者シミュレータを構築します。そして、将来を予測して、例えば、どんな薬をどれくらい投与すれば結果がどうなるかを検討し、最後に治療を決定しているのです。
こう考えると、私たちが見ているものは目の前の患者ではなく、頭の中に構築した患者シミュレータを見ていることになり、そのシミュレーション結果、対応策を決定していることが分かります。ちょっと変な感じがしますが、まさにそうなのです。

引用文献
Endsley, M. R. (1995) Toward a Theory of Situation Awareness in Dynamic Systems , Human Factors,1995,37(1),pp.32-64.
Endsley, M. R. (1996). The Role of Situation Awareness in Naturalistic Decision Making. In Naturalistic Decision Making, pp.269-283. Lawrence Erlbaum Associates, Inc.
Endsley, M.R. (2000). Theoretical Underpinnings of Situation Awareness: A Critical Review, In Situation Awareness Analysis and Measurement, pp.3-32. Lawrence Erlbaum Associates, Inc.
Endsley, M.R., & Hoffman, R.R. (2002). The SACAGAWEA Principle, IEEE Intelligent Systems, Vol.17, No.6, pp.80-85
河野龍太郎(2001)航空管制におけるヒューマンエラーの実相、ヒューマンインタフェース学会誌、Vol.3, No.4, pp.221 – 228.
Zsambok, C.E. & Klein, C. (1996). Naturalistic Decision Making, Chapter 1 Naturalistic Decision Making, Lawrence Erlbaum Associate, Inc.

目 次

暗記でやるのは禁止 -チェックリスト-

私たちは、「覚えておくことはいいことだ」という広く認められた価値観があります。逆に「忘れることは悪いことだ」と思われている傾向があります(嫌な思い出は早く忘れてしまいたいですが)。たとえば、試験に合格するためには、いろいろなことを暗記しなければなりません。したがって、たくさん暗記している受験生の方が、一般によい成績をとる可能性が高いと思われています。しかし、世の中には「暗記でやるのは禁止」と決められていることもあるのです。
暗記に頼っていちばん恐いのは、記憶違いやある部分がスッポリと抜け落ちてしまうことです。同時作業とか、作業の途中で割り込みの仕事が入るとか、あるいは煩雑な操作のあとの緊張がとけた時など、記憶しているある部分がスッポリと抜けることがあるのです。この弱点を補うものの一つがペーパーチェックリスト(paper checlist:紙のチェックリスト)です。
かなり古い研究ですが、NASAでは、航空機のノーマルチェックリストをヒューマンファクターの観点から研究しました[1]。そして16のガイドラインを提案しています。そのガイドラインのいくつかを紹介しますと

  • チェックリストの応答は単に“checked”や“set”ではなく、該当項目の具体的状態あるいは値によること。
  • チェックリストの実施にあたっては手や指で適切な制御装置、スイッチおよび表示部分に触れるようにすること。
  • チェックリストの完了のコールをチェックリストの最終項目として書いておくこと。こうすれば全乗員がチェックリストを完了したことを確認でき、他の作業に意識を移すことができる。
  • 長いチェックリストはコックピット内のシステムや機能に関連するより小さなタスクのチェックリストや区分に分けること。
  • チェックリストの項目の順序はコックピット内の項目の配置構成に従うこと。また流れが理にかなっていること。
  • チェックリストの最も重要な項目は中断なく終了できるように可能な限りチェックリストのはじめにもってくること。

といったものがあげられています。
もちろん、ペーパーチェックリストが使えない場合もあります。この時は、メモリーチェックリスト(memory checklist:記憶によるチェックリスト)を使います。これは主に時間的余裕のない時に使います。仕事の場面に応じたチェックリストを作ることが重要です。緊急事態では、とりあえずメモリーチェックリストを使って対応し、落ち着いたらペーパーチェックリストを使って、未実施項目がなかったか、間違ってセットした項目はないか、などを確認する、という使い方もあります。
チェックリストの第一の目的は、抜けのないように決められた状態に設定したり、その確認をしたりすることですが、ほかにも注意を制御するというメリットがあります。メモリーチェックリストの項目を順番に声に出すことにより、該当する項目に注意を向けることができます。
ペーパーチェックリストを何度も使っていると、自然に頭に入ってきて、暗記することができますが、しかし、決められた場面では、あえてペーパーチェックリストを使って、項目を一つ一つ実行していかなければなりません。
暗記をしない方がよいものは他にもあります。いつものことだからと言って慣れた手つきで暗記している内容やデータを入力することは大変危険です。間違った記憶を引き出す可能性や記憶変容の可能性もあります。さらに間違ったキーを押してしまう可能性もあります。機械は正直ですからそのままの設定で動いてしまうことも考えられます。実際に、そのような可能性をうかがわせる事故が起こっています。
世の中には確実な操作のために、暗記したものだけに頼ってやってはいけないものもあるのです。面倒でも紙に書かれたチェック項目に従って、一つ一つ確実に実施しなければならないものもあるのです。

引用文献
[1] Degani, A., & Wiener, E. L. (1990). Human factors of flight-deck checklists: The normal checklist (NASA Contractor Rep. 177549). Moffett Field, CA: NASA Ames Research Center.

目 次

医療事故調査制度について

2021年3月6日土曜日、医療事故調査・支援センター主催で、「現状と医療機関の実践」医療事故調査制度 ~病院管理者・医療安全担当医師・医療安全担当看護師による院内調査の体験報告」(図1)というタイトルで第1回web研修が開催されました。
体験報告ということで、実際に院内事故調査を経験した病院の関係者の話は実の興味のある内容であり、参考になりました。ただ、その体験談を聞きながら、私が日ごろから医療事故調査について考えていることがありますので、それをいくつか説明したいと思います。
(1)医療事故調査と遺族への対応を分けること
医療事故調査の目的は、「同じことを繰り返さない」という再発防止です。このためには、「科学的因果関係」を明らかにして、「理に適った対策」を実施しなければなりません。悲しみに暮れている遺族への対応は病院として誠意をもって対応しなければならないことは言うまでもありません。ただし、事故調査の目的は再発防止ですから、データと理論に基づいて事故に至る因果関係を明らかにしなければなりません。日ごろから患者に寄り添う医療を心がけている医療関係者にはなかなか受け入れがたい考えかも知れませんが、調査と遺族への対応を分けることは重要なことだと考えます。
(2)科学的調査が必須であること
現在の医療事故調査は「医療に起因する予期できない死亡事例」を対象としています。調査目的は上記のように再発防止です。したがって、因果関係の推定は、事故の状況において専門分野が異なるのです。医療事故の場合、次の3つの分野の分析が必要だと考えます。
・医学的分析:なぜ死亡してしまったのかという医学的因果関係を明らかにすること
・心理学的分析:なぜ、その判断をしたのかという心理的な視点から因果関係を明らかにすること
・物理学的分析:医療機器の破損があった場合は、なぜ、破損したのかという工学的あるいは化学的な物理的因果関係を明らかにすること
現状を直視すると、医療事故調査は医師が中心となって実施されているようです。そうなると死因究明の医学的分析が中心となる傾向があります。しかし、調査の目的は再発防止ですから、事例の内容に応じた心理学的分析や物理学的分析も必要なのです。
(3)調査には、知識(knowledge)、技術(skill)、態度(attitude)が必要
事故調査は「科学的因果関係」を明らかにすることなので、事故調査担当者には、調査のための知識(knowledge)、技術(skill)、態度(attitude)が必要です。
例えば、情報収集の一つに関係者からの事情聴取があります。これには関係者の記憶に基づく情報収集なので細かな配慮や技術が必要です。質問の仕方によっては「誘導」になってしまう危険性があります。したがって、事故調査を行うための技術習得のためには、「体系的な教育訓練」が必要だと考えます。
いろいろ問題のある医療事故調査制度ですが、医療安全のためには必須の制度であり、この制度により医療のリスクの低減が大いに期待できると、私は確信しています。最初から完全な制度の実施は不可能です。運用しながら改良していくのがいいと考えます。

図1 研修案内パンフレット