9.小さな事にも気をつけて ―ハインリッヒの法則―

1974年12月1日日曜日、ダラス空港に向かっていたトランスワールド航空514便が空港手前で墜落して92名が死亡する事故が起きました(図1)。原因は、航空管制官とパイロットの管制用語の解釈の違いによるものでした。進入許可を受けた514便は空港のはるか手前で着陸体制に入り、山に激突したのでした。事故調査の結果、ユナイテッド社でもその6週間前同じ場所で事故に遭いそうになったのを回避した例があることがわかりました。ユナイテッド社では、ダラス空港付近での航空管制官との会話に誤解しやすい部分があり、事故が起きそうだということを情報として社内に流していたのでした。このダラス空港着陸時の危険性についての情報は、ユナイテッド社からFAA(アメリカ連邦航空局)にも伝えられていましたが、他の航空会社までは伝わっていませんでした。
アメリカの航空界ではこの教訓を生かし、ASRS(Aviation Safety Reporting System)という航空界共通のヒヤリハット情報(事故には至らなかったが、危険性をもっている事象)を活用するシステムを開発しました。

図1 トランスワールド航空514便が空港手前の山に激突した(事故調査報告書より)

事故の考え方にハインリッヒの法則(図2)というのがあります。アメリカの保険業界で事故統計をおこなったところ、330件の災害のうち300件は怪我がなかったが、29件は軽い傷害、1件は重い傷害が伴っているということがわかりました。これは、産業災害の発生率から得られた法則ですが、一般の事故災害にもあてはまると考えられています。
ダラス空港の例も、同じような失敗をしそうになっていたパイロットはきっと他にもたくさんいたにちがいありません。そのときは、「ヒヤッ」とはしても「よかった、よかった」といって着陸し、それっきりになっていたのでしょう。当時ユナイテッド社では、約1年前から「ヒヤリハット情報」を共有しようと、気がついた事象の報告制度を始めたばかりでした。この制度では、情報を提供した人に対して罰しないことを前提としており、この考え方はASRSでもとり入れられています。
ちょっとした「ヒヤリハット」であっても何気なく見逃してしまうと大惨事につながってしまう可能性があります。気がついたときにすぐ直したり、全員に周知することが大切です。当社でも各部門ごとにヒヤリハット情報をイラスト付き小冊子などでまとめられていますし、現場では仕事の前にお互いに気がついたことを言うなどの活動をしています。あなたの貴重な経験とひと言で大事故を未然に防ぐことができるかもしれません。

図2 ハインリッヒの法則

この事故はコミュニケーション上の重要な問題を提起しました。
TWA514はダラス空港に近づいたので管制官とコンタクトしました。すると管制官が、「Cleared for approach」とアプローチを許可しました。TWA514は「Roger, cleared for approach」と正しく復唱しました。管制官はTWA514が正しく復唱したので自分の指示は伝わったと思いました。ところが、その後、TWA514は手前の山に墜落してしまったのです(図3)。
のちの事故調査で航空管制官とパイロットの間で大論争となりました。管制官は空港周辺のチャートに書いてある最低安全高度である3,400ftを守ってアプローチ開始高度である1800ftに降下するだろうと考えていました。一方、パイロットは管制官がアプローチを許可したので、その開始高度の1,800ftまで降下してもよいと解釈しました。原因は同じ管制用語が異なった解釈をされていたことでした。また、天候も悪く視界がよくありませんでした。
ここにコミュニケーションの重大な問題があります。すなわち、verbal communicationを確実にするための最低要求事項は、read backとhear backを伴うtwo way communicationですが、その前提として、お互いが同じ解釈をするということです。これが保証されていないと、たとえ、two way communicationをやったとしても不完全なのです。

図3 原因は、同じ管制用語が異なった解釈をされていたことだった

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