10.常に正しい判断 ―人間の行動を決めるもの―

心理学者のKoffka, K.は、環境には行動に影響を与えるものとそうでないものがあるとの観点から、行動的環境と地理的環境という二つの環境を区別しました。Koffka, K.は次の例で説明しています(島田・杉渓・他, 1981)。

雪の野原を馬に乗っていたある旅人が、やっとある家にたどりつき、一夜の宿を請うた。その家の主人は、旅人が通って来たコースを聞いて旅人の無謀さに驚いた。主人からそのわけを聞いた旅人は、卒倒してしまった。なぜなら、旅人が雪の野原と思って平気で歩いて来たのは、実はそうではなく、湖面に張った氷上の雪の野原であったことを知ったからである。そこは、土地の人ならとても怖くて通れるような所ではなかったのである (p.11)。

この例では、旅人にとっての行動的環境は雪の野原でしたが、実際に存在するのは氷上の雪の野原という地理的環境でした。このように人間行動を決定する環境は、実際に存在する地理的環境ではなく、行動的環境という人間の理解した頭の中に描いた環境なのです。つまり、人間が頭の中に作り上げた心理的なイメージの世界に基づいて、最も合理的と考えられる行動を選択しているのです。なお、私は「行動的環境」というとちょっと分かりにくいので、「心理的空間」と表現することにしています。一方、地理的環境は「物理的空間」という言葉を使っています。
図1は人間の情報処理モデルを示しています。人間は外界の状態を感覚器官で感知し、それが何であるかを、記憶を参照し、あるいは追加の観察により情報を収集し、認知します。その認知して構築した心理的空間の中でいろいろな可能性を予測し、どうすればいいかを検討し、最終決定を行い、実際に行動しています。
ここで重要なことは、行動を決定する前に頭の中でいろいろ検討(シミュレーション)しているということです。この検討(シミュレーション)を行う際に利用するのが、自分の頭の中に構築した空間、つまり、心理的空間なのです。そして、その心理的空間に基づき最も合理的に判断しているのです。
ヒューマンエラーは最終的に決定された行動が、ある期待された範囲から逸脱したものです。その行動の決定は自分が理解して構築した心理的空間に基づいています。しかし、それが結果としてエラーとなってしまうのは、構築した心理的空間が物理的空間と異なっていることが多いためと考えられます。この考えに基づくと、どんなベテランでも心理的空間を誤った場合、つまり、心理的空間と物理的空間が異なった場合は、誤った行動を選択する可能性が高くなると言えます。
行動の決定は、決定前の心理的空間の構築プロセスとそれに基づく検討に依存しています。したがって、エラーはそのエラーによってもたらされた不具合の原因ではあるのですが、行動の決定は結果なのです。このように考えると、正しい行動を取らせるには、まず、心理的空間と物理空間を一致させることが重要であることが分かります。

図1 情報処理モデル

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