暗記でやるのは禁止 -チェックリスト-

私たちは、「覚えておくことはいいことだ」という広く認められた価値観があります。逆に「忘れることは悪いことだ」と思われている傾向があります(嫌な思い出は早く忘れてしまいたいですが)。たとえば、試験に合格するためには、いろいろなことを暗記しなければなりません。したがって、たくさん暗記している受験生の方が、一般によい成績をとる可能性が高いと思われています。しかし、世の中には「暗記でやるのは禁止」と決められていることもあるのです。
暗記に頼っていちばん恐いのは、記憶違いやある部分がスッポリと抜け落ちてしまうことです。同時作業とか、作業の途中で割り込みの仕事が入るとか、あるいは煩雑な操作のあとの緊張がとけた時など、記憶しているある部分がスッポリと抜けることがあるのです。この弱点を補うものの一つがペーパーチェックリスト(paper checlist:紙のチェックリスト)です。
かなり古い研究ですが、NASAでは、航空機のノーマルチェックリストをヒューマンファクターの観点から研究しました[1]。そして16のガイドラインを提案しています。そのガイドラインのいくつかを紹介しますと

  • チェックリストの応答は単に“checked”や“set”ではなく、該当項目の具体的状態あるいは値によること。
  • チェックリストの実施にあたっては手や指で適切な制御装置、スイッチおよび表示部分に触れるようにすること。
  • チェックリストの完了のコールをチェックリストの最終項目として書いておくこと。こうすれば全乗員がチェックリストを完了したことを確認でき、他の作業に意識を移すことができる。
  • 長いチェックリストはコックピット内のシステムや機能に関連するより小さなタスクのチェックリストや区分に分けること。
  • チェックリストの項目の順序はコックピット内の項目の配置構成に従うこと。また流れが理にかなっていること。
  • チェックリストの最も重要な項目は中断なく終了できるように可能な限りチェックリストのはじめにもってくること。

といったものがあげられています。
もちろん、ペーパーチェックリストが使えない場合もあります。この時は、メモリーチェックリスト(memory checklist:記憶によるチェックリスト)を使います。これは主に時間的余裕のない時に使います。仕事の場面に応じたチェックリストを作ることが重要です。緊急事態では、とりあえずメモリーチェックリストを使って対応し、落ち着いたらペーパーチェックリストを使って、未実施項目がなかったか、間違ってセットした項目はないか、などを確認する、という使い方もあります。
チェックリストの第一の目的は、抜けのないように決められた状態に設定したり、その確認をしたりすることですが、ほかにも注意を制御するというメリットがあります。メモリーチェックリストの項目を順番に声に出すことにより、該当する項目に注意を向けることができます。
ペーパーチェックリストを何度も使っていると、自然に頭に入ってきて、暗記することができますが、しかし、決められた場面では、あえてペーパーチェックリストを使って、項目を一つ一つ実行していかなければなりません。
暗記をしない方がよいものは他にもあります。いつものことだからと言って慣れた手つきで暗記している内容やデータを入力することは大変危険です。間違った記憶を引き出す可能性や記憶変容の可能性もあります。さらに間違ったキーを押してしまう可能性もあります。機械は正直ですからそのままの設定で動いてしまうことも考えられます。実際に、そのような可能性をうかがわせる事故が起こっています。
世の中には確実な操作のために、暗記したものだけに頼ってやってはいけないものもあるのです。面倒でも紙に書かれたチェック項目に従って、一つ一つ確実に実施しなければならないものもあるのです。

引用文献
[1] Degani, A., & Wiener, E. L. (1990). Human factors of flight-deck checklists: The normal checklist (NASA Contractor Rep. 177549). Moffett Field, CA: NASA Ames Research Center.

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