ちょっと学問的な話を一つ。興味のある人は読んでください。
コックピットの操縦士、病院の医師、原子力発電プラントのオペレータ,管制塔の航空管制官といった人々が、実社会の多様な状況の中で、それぞれの経験や知識を用いて行う意思決定を研究対象として、その理論を構築しようとしているものに、Naturalistic Decision Making(以下、NDMと記す)というものがあります(Zsambok, & Klein, 1996)。NDMでは状況認識Situation Awarenessを重視しており、図1は,Situation Awarenessを扱う意思決定過程のモデルの1つである、Endsley (1995 ; 1996)という研究者によって提案されているNDMモデルを示しています。
このモデルでは、意思決定過程が,Situation Awareness(状況認識)、Decision(意思決定)、Performance of Action(行動)の3つの段階によって構成され、再びその結果がフィードバックされる様子を示しています
このモデルを用いると、Situation Awareness(状況認識)をDecision(意思決定)からから分離することにより、例えば、いくら熟練度の高い専門家であっても、状況認識を誤ると不適切な意思決定を行うという事実を、簡単に説明することができます。
Endsleyは、さらにSituation Awarenessの内部プロセスとして、図2に示すように、3段階の詳細なモデルを提案しています(Endsley, 2000 ; Endsley & Hoffman, 2002)。これによると、Situation Awarenessの過程では、(1)現在の周囲の状況から認識するべき対象を認識し、(2)作業の目的などに照らしてその状況を理解し、(3)その近い将来の状況を予測する、という3段階のプロセスがあると説明しています。
このモデルの特徴は、状況認識が3段階あり、特に、レベル3のprojection of future statusを取り入れていることにあります。すなわち、将来予測という時間軸をモデルに取り入れたことがこれまでのモデルにはない部分です。制御とは予測と言ってもよいと思います。プロセスシステムに限らず、あらゆるシステムで予測は重要な役割を果たしています。例えば、航空管制官は5分後、10分後の航空機の相対位置関係を予測しながら航空機を誘導しているのです(河野, 2001)。
この予測のプロセスをさらに詳細に検討すると、人間はメンタルイメージとそれを利用したメンタルシミュレーションを行い、予測を行っていることが分かります。Endsleyのモデルでは単にレベル1からレベル2に、そして、レベル3の一つの方向に処理が流れているように見えますが、詳細に検討すると、将来への予測から直ちに意思決定に行っているのではなく、将来への予測は、図3のように、シミュレーションの結果を入力として検討し、その検討結果からさらに次の結果を予想していることが分かります。すなわち、頭の中にあるメンタルシミュレータのパラメータを変化させながら、結果を検討し、その検討結果で意思決定をしているのです。
制御にメンタルシミュレーションは極めて重要です。精度のよいメンタルシミュレータを保持している管制官や運転員はその予測確度が高いことになります。もちろん、これは医療者にも当てはまります。医師は患者に問診したり検査結果を見て自分の頭の中に患者シミュレータを構築します。そして、将来を予測して、例えば、どんな薬をどれくらい投与すれば結果がどうなるかを検討し、最後に治療を決定しているのです。
こう考えると、私たちが見ているものは目の前の患者ではなく、頭の中に構築した患者シミュレータを見ていることになり、そのシミュレーション結果、対応策を決定していることが分かります。ちょっと変な感じがしますが、まさにそうなのです。
引用文献
Endsley, M. R. (1995) Toward a Theory of Situation Awareness in Dynamic Systems , Human Factors,1995,37(1),pp.32-64.
Endsley, M. R. (1996). The Role of Situation Awareness in Naturalistic Decision Making. In Naturalistic Decision Making, pp.269-283. Lawrence Erlbaum Associates, Inc.
Endsley, M.R. (2000). Theoretical Underpinnings of Situation Awareness: A Critical Review, In Situation Awareness Analysis and Measurement, pp.3-32. Lawrence Erlbaum Associates, Inc.
Endsley, M.R., & Hoffman, R.R. (2002). The SACAGAWEA Principle, IEEE Intelligent Systems, Vol.17, No.6, pp.80-85
河野龍太郎(2001)航空管制におけるヒューマンエラーの実相、ヒューマンインタフェース学会誌、Vol.3, No.4, pp.221 – 228.
Zsambok, C.E. & Klein, C. (1996). Naturalistic Decision Making, Chapter 1 Naturalistic Decision Making, Lawrence Erlbaum Associate, Inc.