我々は安全な医療とか、安全な運転とか、安全なフライトなどと使います。では、いったい安全とは何なのでしょうか?安全な状態とはどんな状態なのでしょうか?
結論から言うと、そんなものはありません。安全は存在しないのです。存在するのは危険だけなのです。あるいはリスクだけだと言ってもいいでしょう。安全とは、この危険(リスク)が十分受け入れられるくらい低いレベルのもののことなのです(図1)[1]。ISOでは、「安全とは、受け入れ不可能なリスクのないこと(freedom from unacceptable risk)」と定義しています。したがって、安全な医療とは「受け入れられるくらい低いレベルのリスクを伴った医療」のことであり、安全な運転とは、「危険の程度を十分低くしながらする運転」であり、安全なフライトとは「受け入れられる程度の危険を伴う飛行」ということです。しかも、このリスクは常に変動していて、高くなったり低くなったりしているのです。
「これは安全、これは安全ではない」という分類は不適切であり、同じリスクという一次元の線の上に、高いリスクと低いリスクが存在しているというのが正しいイメージだと考えられます。
こう考えると、我々にできることは、可能な限りこのリスクの高さを下げる努力しかないということです。この図1で言えば、不明確な手順を一つ作って明確にする、類似したものを一つ排除する、わかりにくい表示を改善する、などを重ねてある一定レベルの高さにリスクを押さえ込むことです。
このリスクは油断すると上に成長するのでやっかいです。我々は終わりのないリスク低減への努力をやらねばなりません。このことをReason, J.は、安全戦争と表現しました[2]。安全戦争とは「最後の勝利無き長期のゲリラ戦」のことです。決して勝たず、決して終わらず、敵の発見は困難であり、手を抜くとやられます。そして、リターンマッチはないのです。
参考文献
[1] 河野龍太郎編著:ヒューマンエラーを防ぐ技術、日本能率協会マネジメントセンター、2006.
[2] Reason, J.: Managing the Risks of Organizational Accident, Ashgate Publishing Limited, 1997. (塩見弘監訳「組織事故」、日科技連、1999).