2. Human Factorsと工学 ―理論を現場へ―

Human Factors(大文字で始まり、常に複数形:日本語ではわかりにくいのでここで説明した後は「ヒューマンファクター工学」と呼ぶことにします)を工学と大まかに比較してみましょう。
どちらも原理や理論を追究するというよりも、ある基礎的理論を現実の日常生活に利用することを目的としています。工学とは「工」という字が示しているように、上の「一」が示している天の法則と、下の「一」が表している地の現実社会を「|」で結びつける学問と教えてもらったことがあります。Human Factorsも「H」の左の「|」が示す人間の諸特性と、右の「|」が示す日常生活を「-」で結びつける学問と、工学と同じように考えることができそうです(図1)。

図1 Human Factorsも工学も基礎科学をモノに応用する

両方とも日常生活での応用を目的とし、工学では「物(モノ)」をHuman Factorsでは「者(モノ)」を対象にしています。
工学(Engineering)は、基本的に物理学(Physics)をベースとしていますが、Human Factorsは、人間科学(Human Science)や生命科学(Life Science)などをベースにしています。
工学の中でも、原子力工学や航空工学は、材料工学、電気工学、制御工学などいろいろな工学が集まっている総合工学です。一方、Human Factorsも、医学、心理学、社会学、統計学、認知科学といった学際的な分野です。
以上のことから、Human Factorsと工学の基本的な考え方はほとんど同じであると考えることができます。両者の違いは、研究の対象やベースにしている学問にあります。ところが、ベースにしている物理学と人間科学では、解明の程度が大きく違っているのです。
物理学で扱う変数と人間科学で考慮しなければならない変数とを比較すると、人間科学での変数の方が圧倒的に多いと考えられます。取り扱う変数が少なく単純なものと、変数の数が多く、それが複雑に絡み合っているものとでは、両者の違いは理論化の困難さとなり、それは予測の確かさに現れます。
物理学では、ほとんどの変数の関係は簡単な数式によって表わせます 。そして、だいたい予想どおりの結果が出ます。たとえば、1リットルのガソリンで走る車の距離は条件が同じならだいたい同じです。一方、人間の行動の予測はなかなかうまくいきません。自分自身を例にとっても考えや行動は昨日と今日では違っていることも多く、どうして変わったのかの理由がたくさんあることに気づくと思います。あるいは、理由そのものが分からない場合もあります。
工学は原理や法則が明確で取り扱いやすいのですが、人間相手のHuman Factorsは、ベースとしている人間科学が十分発達しておらず、また応用の面で難しいことが多いのです。Human Factorsは、まだまだ未知の部分の多い分野だと言えるでしょう。
輸送システムや発電システムといった人間と機械から構成されたシステムに、工学は物理学の成果を利用して機械のパフォーマンス向上に寄与し、一方、Human Factorsは人間科学の成果を利用してそこで働く人間のパフォーマンス向上に寄与するのです。こうしてシステムは所定の目的を達成できるということになります(図2)。医療システムも機械と人間で構成されているので同じように考えることができるでしょう。

図2 工学は主に機械のパフォーマンスを向上させ、
Human Factorsは人間のパフォーマンスを向上させる

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