いろいろな対策を考える時、現場のエキスパート(熟練者)の経験や知識は極めて重要です。エキスパートの直感と言われるものは後でゆっくりと検討してみると、まさに的確な判断である場合も少なくありません。これは膨大な量の経験を持ったエキスパートが本質を見抜き、とっさに出した最適解と考えられます。この「経験的アプローチ」による対策は、現場の状況や制約条件がよく考慮されていて即効性があり効果の期待できる場合が多いものです。
しかし、経験的に言われているものがいつも正しいとは限りません。また、世の中の経験的に正しいとして行われていることも科学的手続きで調べてみるとそれが証明できないことがあります。経験だけに頼り、ある部分だけを最適にすると全体のバランスを壊す場合もあります。
これを補うものとして、もう一方の「理論的アプローチ」があります。
理論的アプローチでは、理論やデータを用い、科学的手続きをとります。ヒューマンファクター研究は理論的アプローチに属します。これには二つの流れが考えられます(図1)。
一つは「現場→フィールド研究→実験室実験→理論化→現場」という現場のエキスパートの持っている知識や直感の背景を理論化し、それを現場に適用するという流れです。たとえばリーダシップを考えて見ると、これまでは経験的にリーダに必要な資質について研究されてきました。最近になってそれらの成果をもとに実験室で小集団を対象にし、刺激を制御し、その影響を観察分析するという科学的手続きによる研究が行われるようになりました。
経験的な知識や直感を理論化する利点は普遍性にあります。他への応用が可能となり経験の共有化、経験の省略、次の世代への伝承などが可能となります。
理論的アプローチのもう一方の流れは、「理論→実験室実験→フィールド研究→現場」という基礎科学の成果を現場に適用するという流れです。新しい機器や表示方法の設計についてこれまでに得られた知見、たとえば人間の注意の範囲や情報処理の限界を考慮して設計するといったことがこの流れです。
理論的アプローチでは研究の過程で現場の観察や実験を行いデータを集めます。このデータから変量間の関係を明らかにしようとします。実験室実験はフィールド研究と比較して、変量への影響を最小限にコントロールできるので要因間の相関関係、因果関係を明確にすることができます。
しかしながら人間を研究対象としている人間科学はそれほど発達しているわけではありません。人間行動については、まだまだ未知な部分がたくさんあります。特に困難なのが測定です。人間の身長や体重は簡単に測定できますが、頭の中で考えていることや心の動きを測定することは大変むずかしいのです。
結局、対策には経験を重視し理論を利用するといった相補的なアプローチが大切です。「経験と理論」、切っても切れない重要な関係です。